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神戸簡易裁判所 平成2年(ハ)866号 判決

原告

株式会社ニューオリエンタルホテル

右代表取締役

清水照子

右訴訟代理人弁護士

力野博之

辻内隆司

被告

甲野一郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  原告の請求

1  被告は、原告に対し、金六四六、六五二円及びこれに対する平成三年一月九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  原告の請求原因

1  原告はホテル業を営むもので、神戸市中央区〈番地略〉でホテルモントレ神戸(以下原告ホテルという)を経営している。

2  原告は、平成二年一〇月七日午前二時二一分ころ被告と原告ホテルの宿泊契約を締結して一一〇二号室を提供し、被告及び乙川春子(以下、乙川という)は同室に宿泊した。

3  被告は、平成二年一〇月七日午前八時一九分ころ原告係員に対し、一一〇二号室の宿泊料金一八、一二八円〔内訳、基本宿泊料(室料)一六、〇〇〇円、サービス料一、六〇〇円、消費税分五二八円〕を支払い、原告ホテルをチェックアウトした。その際、被告は原告係員に対し、乙川が一一〇二号室に残っているので、午前一〇時に電話をして下さいと依頼した。

4  原告係員は午前一〇時に乙川に電話をした。

5  事故の発生

(一)  原告ルームメイク係員が平成二年一〇月七日午後一時一五分ころ一一〇二号室から水が廊下に溢れ出ていることを発見し、フロントから同室に連絡しようとしたが、通話ができず、同室のドアをノックしても乙川の応答がなかった。原告係員が一一〇二号室に入ろうとしたが、ドアチェーンがされており、やむを得ずチェーンカッターでドアチェーンを切断し、室内に入ったところ、一一〇二号室は水浸しの状態であった。そこで、原告係員は、床、絨毯に溢れた水の応急処置をした。

(二)  一一〇二号室のバスルーム内で物音がしたので、原告係員がバスルームのドアをノックすると、急にドアが開き、乙川が大声で暴れだした。約一〇分後に原告防災係員がバスルームにいた乙川を連れ出し、シーツ、毛布で同女の身体を覆い、ベッドに寝かせたが、再び暴れ出した。原告係員がフロントから救急車を呼ぶと共に生田警察署に通報したので、乙川は三宮金沢病院に収容された。

6  原告の被った損害等

乙川の一一〇二号室の延長料金及び漏水による損害は、別紙記載のとおりである。

7  被告の責任

(一)  被告及び乙川は宿泊料金支払義務及び善良なる管理者の注意をもって一一〇二号室を使用する義務がある。

(二)  乙川は過失によって右注意義務を怠たり、原告に前記6記載の損害等を与えた。

(三)  乙川が被告の手足若しくは被告の履行補助者であるから、被告は原告に対し、乙川の右行為によって原告に生じた損害等を賠償する義務がある。

三  被告の請求原因に対する答弁等

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、被告及び乙川が原告主張の日時ころから原告ホテルの一一〇二号室に宿泊したことは認めるが、その余の事実については知らない。被告は平成二年一〇月七日夜、友人と神戸市内に出、某スナックで乙川と知り合い、乙川が原告ホテルを指定したので、同ホテルに宿泊した。

3  請求原因3の事実は認める。

4  同4の事実は知らない。

5  同5の各事実は知らない。

6  同6の事実は否認する。被告は原告ホテルをチェックアウトする以前に、一一〇二号室の電話をかけていないし、冷蔵庫内の飲料も飲んでいない。

7  同7の主張は争う。原告主張の乙川の行為は、被告が原告に宿泊料金を支払って原告ホテルをチェックアウトした後の行為であるから、被告に責任はない。

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争がない。

原告は、平成二年一〇月七日当時すでに宿泊約款(以下約款という、〈書証番号略〉。以下主な証拠を括弧内に掲げる。)を制定し、その第一条(適用範囲)に、1原告ホテルが宿泊客との間で締結する宿泊契約及びこれに関連する契約は、この契約の定めるところによるものとし、この約款に定めのない事項については、法令または一般に確立された慣習によるものとする。2原告ホテルが法令及び慣習に反しない範囲で特約に応じたときは、前項の規定にかかわらず、その特約が優先するものとする、旨定めている(宿泊モデル約款参照、注釈民法(17)四二一頁以下)。

二被告(昭和三八年二月六日生)は、平成二年一〇月七日午前零時過ころ友人数名と神戸市内の某スナックで飲んでいたところ、客としてきていた乙川春子(成人女性)と知り合い、意気投合して乙川の案内で原告ホテルに行った。被告と乙川とは、親族関係その他の身分関係はない。(以上被告、弁論の全趣旨)

三宿泊契約の成立

被告及び乙川は、平成二年一〇月七日午前二時二一分ころ原告係員に一泊の宿泊申込みをし、原告との間に①一一〇二号室に右二名で一〇月六日から一泊する。②チェックアウトは一〇月七日、③基本宿泊料(室料)一六、〇〇〇円、サービス料一、六〇〇円との宿泊契約を締結した(〈書証番号略〉)。その際、被告は、原告係員の求めにより、原告に申込金等として二〇、〇〇〇円を支払い(〈書証番号略〉約款三条二項、〈書証番号略〉)。宿泊者名簿に被告の氏名、住所、勤務先、電話番号を記入した(〈書証番号略〉)。(以上証人矢野正一、被告)

四被告が一〇月七日朝一一〇二号室をあけようとして、乙川に原告ホテルを出ようと言ったが、同女が渋った。そこで、被告は原告ホテルフロント係員に一一〇二号室のチェックアウトの時刻を尋ねたところ、午前一一時と答えたので、同女にその旨告げ、先に一一〇二号室を出た(以上、〈書証番号略〉約款九条一項、被告)。

被告は、平成二年一〇月七日午前八時一九分ころ原告係員に対し、一一〇二号室の宿泊料金一八、一二八円〔内訳、基本宿泊料(室料)一六、〇〇〇円、サービス料一、六〇〇円、消費税分五二八円〕を申込金等二〇、〇〇〇円をもってあて、残金一、八七二円の返還を受けて原告ホテルを出た(当事者間に争がない。なお、〈書証番号略〉約款三条三項、一二条、〈書証番号略〉)。その際、被告は、原告係員に対し、乙川が一一〇二号室に残っているので午前一〇時に電話をして下さいと依頼した(当事者間に争がない)。被告が午前一〇時と指定したのは、乙川のチェックアウトのための準備の時間を考慮したからである(被告)。

五原告フロント係員が午前一〇時ころ乙川に電話をしたところ、同女から応答があった(証人矢野正一4、31)。

六乙川が一一〇二号室のチェックアウトの時刻になっても同室をあけなかったので、原告係員が午前一二時ころ乙川に電話をしたが、つながらなかった。しかし、原告係員は一一〇二号室に同女を訪ねるなどの措置をとらなかった。

約款九条及び館内のご案内(〈書証番号略〉)によると、宿泊客が客室のチェックアウト時以降、その客室を使用したいときには、あらかじめ原告ホテルフロント係に申し出れば、使用に応じることがあり、この場合には客に所定の追加料金の支払を求める旨の定めがある。しかし、乙川から原告フロント係員に対し、チェックアウト時を越えて、一一〇二号室の使用を申し出た形跡はなく、又原告係員から乙川に対し、一一〇二号室の使用の延長の有無を確めた形跡もない。(以上証人矢野正一)

証人矢野正一の証言(29・34)によると、成人男女一組の宿泊客のうち、一方が他方をおいて、それまでの宿泊料金を支払って原告ホテルを退出することは、通例あり得ることであり、この場合に約款九条に定める追加料金等を要するときは、あとに残った客から支払ってもらうことにしていること、及び、原告としては乙川から追加料金等の支払を受けられるものと考えていたことが認められる。

七原告係員が午後一時一五分ころ一一〇二号室のドアから廊下に水が溢れ出ていることを発見して、原告ホテルフロントから一一〇二号室の乙川に電話をしたが、つながらなかった。原告係員が同室に入ろうとしてドアをノックしたが応答がなかった。原告係員が親かぎでドアをあけようとしたが、チェーンがかかっていたので、大声で乙川を呼んだが応答なく、カッターでチェーンを切って一一〇二号室に入った。床は水浸しの状態であった。浴室で物音がしたので、浴室をあけると、水が出しっぱなしで、浴室から外に水が溢れ出ており、乙川は裸で、発狂気味の声を出し暴れ出した。そこで、原告係員はシーツと毛布で乙川の身体をくるんで抱きかかえ、ベッドに連れていった。原告係員は、乙川に自殺のおそれがあると考えて救急車を呼び、生田警察署に通報し、間もなく乙川は救急車で金沢病院に運ばれた(以上証人矢野正一)。

乙川は、精神保健法二九条により平成二年一〇月八日垂水病院に措置入院させられ、平成三年一月二一日現在入院中である〔弁論の全趣旨(垂水病院長作成の回答書、裁判所書記官作成の口頭聴取書)〕。

八原告の損害等

1  原告は乙川から次の宿泊料金等五、三八六円の支払を受けられなかった(証人矢野正一)。

(一)  一一〇二号室の延長料金三、三九九円(〈書証番号略〉)

(二)  電話料 三〇円(〈書証番号略〉)

(三)  冷蔵庫内飲料及び消費税分一、九五七円(〈書証番号略〉)

右電話料は乙川が使ったものであり、飲料は被告が飲んだと認める証拠がないから、乙川が飲んだか、又は床にぶちまけたものと認められる(証人矢野正一、被告、弁論の全趣旨)。

2  乙川が水を出しっぱなしにしたため一一〇二号室が水浸しになり、同室から溢れ出た水によって他の室にも被害が及び、原告は損害を被った(証人矢野正一)。

九被告の責任の有無

1  以上の事実、とりわけ①宿泊契約は一〇月六日から一〇月七日までの一泊契約であること、②被告は一〇月七日午前八時一九分ころ原告に対し一一〇二号室の宿泊料金一八、一二八円を申込金等二〇、〇〇〇円をもってあて、原告係員から残金一、八七二円の返金を受けて、原告ホテルを出たこと、③約款三条三項の定め、④原告ホテルでは、成人男女一組の宿泊客のうち一方が他方をおいて、それまでの宿泊料金を支払って原告ホテルを退出した場合に、約款九条に定める追加料金等を要するときは、あとに残った客から支払を受ける取扱となっていること、によると、原、被告間の宿泊契約関係は、被告が一〇月七日午前八時一九分ころ一一〇二号室の宿泊料金を支払って、原告ホテルを退出したとき終了したものというべきである。従って、被告は、その後の乙川の行為によって原告に生じた損害等については、賠償する責任はない。

2  原告は、乙川が被告の手足又は被告の履行補助者であるから、乙川の行為について責任があると主張する。しかし、乙川が被告の手足又は被告の履行補助者であると認めるに足りる証拠はない。

のみならず、債務者が履行補助者の行為について責任を負うのは、履行補助者に故意または過失があった場合である。上記六、七の事実によると、おおよそ午前一二時前ころから救急車で運ばれるまでの間、乙川は、自己の行為の結果を判断することのできる精神的能力、すなわち意思能力(不法行為については責任能力)を欠いていたものと認められる。従って、乙川は右行為当時、故意又は過失があったものとは認められない(なお、約款一八条参照)。よって、原告の前記主張は採用できない。

一〇以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官竹田國雄)

別紙

一 宿泊料金等 五、三八六円

1 一一〇二号室の延長料金(一〇月七日) 三、三九九円

2 電話料 三〇円

3 冷蔵庫内飲料等 一、九五七円

二 損害明細 六四一、二六六円

1 一一〇三号室使用不能(一〇月七日) 二〇、三九四円

2 一〇〇七号室使用不能(一〇月七日) 一四、七二九円

3 六〇六号室使用不能(一〇月七日) 七、九三一円

4 一一〇二号室使用不能(一〇月七日〜同月一〇日まで) 七二、五一二円

5 同室ドアチェーン一式(チェーンカッター取替費用) 五、〇〇〇円

6 除湿機二台(レンタル料) 六、一八〇円

7 バスタオル洗濯代(八〇枚×五〇円) 四、〇〇〇円

8 右客室電話器損傷 一二、〇〇〇円

9 右同室床絨毯仮仕様工事一式(消費税含) 一二七、七二〇円

10 右同室床絨毯原状回復工事一式(消費税含) 三七〇、八〇〇円

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